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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)1612号 判決 1959年10月17日

原告 酒井欣朗

右訴訟代理人弁護士 今井常一

被告 増田秀夫

右訴訟代理人弁護士 山本忠義

同 菊本治男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

別紙第二目録記載の土地(本件土地)が、原告の所有であること、被告が本件土地上に別紙第一目録記載の建物(本件建物)を所有して、本件土地を占有していることは当事者間に争がない。

原告は、被告の不法占有を主張し、被告は占有権原として、本件土地の賃借権の存在を主張して抗争するので、以下に判断する。

本件土地につき、原告と被告先代亡増田正との間に、昭和十八年十月二十五日、賃料一ヶ月十円、毎月二十五日限り当月分支払、賃貸期限二十年の、賃貸借契約が成立したこと、被告先代が、昭和二十五年六月二十八日死亡し、被告が相続により、本件土地の賃借人たる地位を承継したこと、原告が、昭和三十一年七月二十七日付内容証明郵便をもつて、被告の賃料不払を理由に無催告で契約解除の意思表示をし、右意思表示が、同月二十九日、被告に到達したこと、被告が、昭和二十九年三月十五日、原告の承諾なく、訴外内藤五郎一に対し、本件建物に抵当権を設定し、原告が昭和三十三年十二月三十一日、右抵当権の設定につき、特約違反を主張して、被告に対し無催告で契約解除の意思表示をし、右意思表示が、昭和三十四年一月二日、被告に到達したこと、原告が、本件建物につき本件土地の使用目的違反を理由として、昭和三十四年一月九日、被告に対し、無催告で契約解除の意思表示をし、右意思表示が、同月十一日、被告に到達したことは、当事者間に争いがない。

一、原告は、本件土地賃貸借契約には、賃料の支払を一回でも怠つたときは、無催告の解除ができる旨の特約があつたと主張するのであるが、仮りに、このような特定があつたとしても、かかる特約は、賃貸借契約当事者間に、既に賃料支払についてなんらかの紛争があるとか、その他、継続的信頼関係を維持してゆくために、かかる厳重な条項をもつて賃料支払を保障することを必要とする等、信義則上、相当と認められる具体的事情の存在してはじめて有効として是認せられるべきところであつて、このような前提事情もない、いわば白紙の状態で賃貸借契約が締結せられるにかかわらず、民法第五四一条所定の解除の必要要件を奪い、しかも、一回でも支払を遅滞したことをもつて解除原因とするごとき特約は、賃貸借契約における信義則からみて、約定解除権の設定の自由の限界を越え、賃貸人と賃借人との地位の保護の権衡を失し、宅地使用権と賃料債権との双務関係の保障として不相当であつて、違法無効のものであるというべきである。

しかして、原告が、被告の賃料不払を理由になんらの催告なく、本件土地賃貸借契約を解除したことは、前認定のとおりである。しかも、上述の前提事情は、なんら認められない。仮りに、被告に、原告主張のとおりの賃料不払があつたとしても、さらに特に、信義則上、無催告解際を相当とすべき事情の存しない限り、原告の右解除は、民法第五四一条に違反する無効のものといわなければならないところ、本件全証拠によるも、かかる特段の事情は認められないから、原告の右解除は無効である。

二、次に、本件土地の使用目的違反を理由とする解除の効力についてみると、甲第一号証の契約書の成立を認めるに足る証拠はなく(証人油井鐐作の証言は、右認定の証拠としてはとうてい不十分である)、他に、原告主張のように、本件土地の使用目的を、純粋の住宅所有のみに限定した特約の存在を認めるべき証拠はない。されば、原告の右解除の主張は、その前提たる特約違反の事実を認めるに由ない次第であつて、その効力を認めることはできない。(仮りに、甲第一号証の成立が認められるとしても、賃借地は木造住宅の敷地に使用し竪固の建物を築造しない旨の特約が認められるのみであつて、約旨は、専ら、竪固の建物の建築を禁止するにあるものと解せられる。)

三、最後に、地上の被告所有建物に抵当権を設定したことを特約違反とする解除の効力について考える。前示甲第一号証がその成立を認めることのできないものであること前叙のとおりであり、他に本件土地賃貸借契約成立当時、原告主張のような特約の成立したことを認めるべき証拠はない。のみならず、仮りに、かかる特約が存在するとしても、かかる特約は、借地人が、借地上に有する自己所有の建物につき抵当権を設定する自由を害するほか、法の認める抵当権を、土地賃貸人の恣意により、土地賃貸借の解除、地上建物の収去請求を通して、侵害することをゆるすこととなり、催告、無催告を問わず、違反無効の特約といわなければならない。されば、原告主張の右解除は、解除の効力を発生するに由ないものである。

されば、被告は、本件土地につき、なお冒頭認定の賃借権(但し、賃料が月二千百三十三円を相当とすることは、当事者間に争がない)を有するものというべく、本件土地の正当占有権原を有する次第であるから、本件建物の収去と本件土地の明渡を求める原告の本訴請求は、理由がない。また、被告の本件土地不法占有による損害賠償を求める原告の本訴請求もまた失当である。

よつて、原告の本訴請求は、いずれも棄却を免れず、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 立岡安正)

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